広報誌ぶどうの木
巻頭言
主任司祭 佐藤謙一神父
2026年7月号
「聖ヨハネ・ベルクマンス修道者」
7月1日は、2008年11月24日に列福された『福者ペトロ岐部司祭と187殉教者』の記念日となっている。ペトロ岐部はイエズス会の司祭である。1587年豊後(今の大分県)に生まれ有馬(今の長崎県南島原市)にあるイエズス会の神学校に入ったが1614年の禁教令により神学校のあるマカオへ行った。マカオでも神学校が閉鎖され、インドへ行く。しかしそこでも願いがかなわず、ローマ行きを決断する。イスラムの地を通り、砂漠、パキスタン、イラン、イラク、パレスチナを通り、まさに命がけの旅をしながらついにローマに到着する。
彼は司祭叙階のために必要な書類も証明書も持っていなかったが、ローマは、彼の人物と堅い決心を見て叙階許可を与え、1620年11月15日に司祭叙階される。20日には念願のイエズス会修練院に入る。そこで、後に列聖されることになる聖ヨハネ・ベルクマンスの最期を見ている。22歳の若さであった。
聖ヨハネ・ベルクマンスは毎日の平凡な務めをできるだけ完全に果たすことによって聖人となった人である。かれは1599年ベルギーで生まれ、信仰深い家庭の中で幼いころから神を敬う生活をしていた。利口で学業優秀であったので父は進学させようとしていたが、学費の都合で思うようにいかず、当地の主任司祭が引き取り、学問や信心業を指導していた。ヨハネは掃除や雑用をしながら小神学校へ通っていた。
イエズス会の会員になりたいという望みがあり、1616年18歳でヨハネはイエズス会修練院に入った。彼の生活の中心はご聖体である。これを軸として食事から休憩に至るまで一日の業務が聖なるわざとして回転していた。また、ヨハネの聖性は聖母マリアなしには考えられない。次のように言っている。「わたしが教育を受けたのは聖母のおかげである。学問に歩ませてくださったのは聖母である。召命を受けたのは聖母のおかげである。聖母のおかげで救霊も得られると思う。聖母なしでは失望するかもしれない。」
哲学を終え、神学を始めようとしていた矢先、突然発熱して倒れてしまった。ヨハネ・ベルクマンスの臨終の床をペトロ岐部司祭は看取った。神に召されてきた日本から来た司祭と一修道士との不思議なつながりを感じる。聖ヨハネ・ベルクマンスの記念日は8月13日である。一般ローマ歴には入っていないが修道会などでは祝われる。
2026年6月号
「6月の祭日」
6月はみ心の月と呼ばれている。聖霊降臨後第2主日後の金曜日に「イエスのみ心」の祭日があり、これがほぼ6月中に祝われるからである。そして5月と6月は祭日が多い月でもある。復活節中の主の昇天、聖霊降臨の主日、年間に入って三位一体の主日、キリストの聖体、イエスのみ心と続き、最後に「洗礼者聖ヨハネの誕生」と「聖ペトロ聖パウロ使徒」の祭日で締めくくられる。
「洗礼者聖ヨハネの誕生」は6月24日に祝われる。これはルカ福音書の記述に従って定められたものである。ヨハネの母エリサベトがみごもったときから六か月目にガブリエルがマリアにお告げをしたことから、12月25日の六か月前の6月24日を洗礼者聖ヨハネの誕生とされたのである。イエスの到来を準備するという役割に徹し、「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる」と宣べ伝えた。
「聖ペトロ聖パウロ使徒」は同じ日に祝われる。二人は同じローマの地で同じ時期に殉教したので同じ日に祝われる。主日に重なったときに優先して祝われるのは主の祝祭日と呼ばれている日と死者の日である。つまり聖人の祝祭日が主日に重なったときは主日が優先されることになっているのであるが、聖ペトロ聖パウロ使徒の祭日に限っては主日より優先される。これは二人の聖人を同じ日に祝うということから来るものであろうが、ペトロとパウロは違う賜物に恵まれた人物であった。
教会の基盤を二人が協力して作ったといっても、二人が親しく話し合いながら教会を指導したわけではない。むしろ二人が一緒に活動したことはそう多くはない。むしろお互いに反発しあうことも多かった。しかし大きな視野でみれば二人が教会の基盤を作ったといえる。使徒たちの頭として教会をけん引したペトロと異邦人への宣教によって福音を全世界に広める礎を築いたパウロのどちらも大切に心に留めようということが大きいのだろう。異なる賜物を持つ者同士が教会をけん引していく姿にわたしたちの教会の姿もあるのである。
2026年5月
「イエスのみ心・聖母マリアの汚れなき心」
カトリック教会は「イエスのみ心」の祭日を、み心の信心とともに「世界司祭の聖化のための祈願日」として祈る日と定めている。全世界の司祭がその召命に忠実であり 聖なる牧者となるように、また司祭がキリストに倣い 聖なるものとして自らの務めを果たすことができるように、教皇と共に全世界の信者が祈りをささげる日なのである。
2009年6月19日から2010年6月11日に聖ヨハネ・マリア・ヴィアンネ司祭 没後150年を記念して「司祭年」が開催されたのは記憶に新しいだろう。イエスのみ心の祭日に挟まれたこの一年はまさに司祭職が招かれている特別な聖性を願って祈る一年であり、ヴィアンネの言葉「司祭職とはイエスのみ心です」ということを果たす年であった。司祭は直接 信者とのかかわりを持つ者である。「イエスのみ心」の祭日には信者の皆さんが司祭の聖化と完全な自己奉献を祈り求めるのである。
昨年、教皇レオ14世が司祭に送られた感謝と信頼に満ちたメッセージを記す。
「愛のために貫かれたキリストのみ心は生けるいのちを与える肉である。そのみ心はわたしたち一人ひとりを迎え入れながら良い羊飼いの姿に変えてくださる。そこでこそわたしたちの司祭職というものは『真の司祭であり続けること』であると理解される。それは神のいつくしみに燃えながら、いやし・寄り添い・あがなう神の愛の喜びに満ちた証人となることである。」※1[i]
ところでその次の土曜日は「聖母マリアの汚れなき心」の記念日にあたる。これまでは任意の記念日であったのでそのための典礼は基本的に行われなかったが、2026年からは義務の記念日となり固有の祈りをもって全世界で祝う日となった。神のお告げに素直に心を開いて「お言葉通り、この身に成りますように」と答え、自らをささげた聖母マリアはすべての信者の模範である。マリアの心が聖霊のふさわしい住まいとされたように、わたしたちの心も聖霊の神殿となることを祈り求める日である。※2[ii]
※1 教皇レオ14世「『世界司祭の聖化のための祈願日』教皇メッセージ」、2025年6月27日。
※2『毎日の読書』第5巻、170ページ参照。「聖母マリアの汚れなき心」ミサの集会祈願参照。
2026年4月
「神を愛する祈り・愛」
神である主よ、わたしはすべてに超えてあなたを愛し、またあなたのために隣人を愛します。あなたはあらゆる愛を受けるにふさわしい、最高の、限りない、最も完全な善であられるからです。
この愛のうちにわたしは生き、また死ぬことを望みます。アーメン。 [i]
一人の律法学者に「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」と尋ねられてイエスは答えた。「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」またイエスは第二の掟についても教えられた。「隣人を自分のように愛しなさい。」最後に「この二つにまさる掟はない」と付け加えられた。イエスが教えられたことはどの掟もどの律法もこの愛の掟のうちに含まれているのである。
「神を愛する」ということは「神を信じる」ということと同じことである。神を信じないが神を愛するなどということは言えない。神を信じるが神を愛さないなどということも言えない。真の信仰のあるところにはどこでもまことの愛がある。神に対する真の愛のあるところには、必ず隣人に対するまことの愛もあるのである。
イエスはわたしたちを愛するがゆえに十字架につけられた。わたしたちの罪の贖いのために十字架につけられた。しかし、イエスの天の国を愛する人は多いがその十字架を担おうとする人は少ない。慰めを望む人は多いが苦しみを望む人は少ない。イエスとともに食卓につきたい人は多いがイエスとともに断食する人は少ない。キリストとともに楽しむことを望む人は多いがキリストのために何かを忍ぼうとする人は少ない。多くの人はイエスの奇跡に感嘆するが十字架のはずかしめまで従う人は少ない。
しかし、イエスから受ける慰めのためではなく、イエスをイエスとして愛している人は艱難や苦しみのときにも慰めのときと同様に主を賛美する。イエスがいつまでも慰めを与えなくてもその人はいつも感謝と賛美を怠らない。わたしたちもこれらのことを心にとめて日々キリストに従い歩んで行こう。
『カトリック教会のカテキズム要約』p323、ラテン語原文の訳、カトリック中央協議会、2010年2月
2026年3月号
「神に希望をおく祈り・希望」
神である主よ、わたしは、あなたの恵みによって、すべての罪のゆるしと、この地上の生の後に永遠の幸福が与えられることを希望します。限りなく力があり、真実で、恵みとあわれみに満ちたあなたがそれを約束してくださったからです。
この希望のうちにわたしは生き、また死ぬことを望みます。アーメン。 [i]
わたしたちは毎日あらゆる種類の希望に支えられて生活している。明日は楽しい愉快なことがありますようにとか、あの人に会えますようにとか、あのことをよく理解できますようにとか、自分の霊的生活がさらにいっそう深くなるように、などということを常に希望している。また希望は病人に苦痛に耐えさせ、戦う力を与える。あるいは試練の時に忍耐を与え、努力してそれに耐えるようわたしたちを助けてくれる。もし毎日の希望がなければ人は生きていけなくなるだろう。
それでは神に対する希望とは何だろうか。対神徳における希望とは、単に人間の欲望を満たすだけのものではない。それは神の恩恵を分け与えられることであり、神が自由に与えられる賜物である。その究極にあるのは永遠のいのちの約束である。キリストが示された体の復活と永遠のいのちがわたしたちの神に対する究極の希望である。
人間の議論や主張だけからでは、神の自由の賜物である神の信仰は生まれず、人間的な愛情は神の恵みなしには真の超自然的な愛にはならない。キリスト教的希望も神の賜物なしにはありえない。わたしたちは地上の生活が終わるまで耐え忍ぶことができるよう聖霊の恵みを求め、依り頼んで行くのである。神から与えられた希望をもって日々キリストの教えに従い歩んで行こう。
『カトリック教会のカテキズム要約』p322、ラテン語原文の訳、カトリック中央協議会、2010年2月
2026年2月号
「神を信じる祈り・信仰」
神である主よ、わたしは聖なるカトリック教会が教える一つ一つのことすべてを固い信仰をもって信じ、告白します。神であるあなたがこれらのすべてのことを現してくださり、あなたは欺くことも欺かれることもない永遠の真理にして知恵であるからです。
この信仰のうちにわたしは生き、また死ぬことを望みます。アーメン。(注1)
信仰はキリスト信者の生活の始まりである。「神に近づく者は、神が存在しておられること・・・を、信じていなければならない。」(ヘブライ11・6)成人のキリスト教入信式の中で第一段階として入門式がある。ミサの初めに「あなたは何をお望みになりますか」と聞かれて、入門者は「神に近づき、キリストの教えに従って生きることを望みます」と答える。信仰は神の国の門を通るために必要な徳、つまり人格的な能力であり意志である。
しかし入り口とはいえ、キリスト教生活の中心に入り込んだ人にとってさえ、信仰は必要である。キリスト信者にとってこの世の生涯の終わりは、ある意味、神の国の入り口に立つことと言えるからである。神の家にいるけれども実はまだ門の入り口にいることを知るのである。
キリスト信者にとって死ぬまで信仰は生活の始まりであり、変わることのない土台である。修道者や聖職者などキリスト教的生活の最頂点に達した人々でさえ、神の国へ昇るはしごが信仰の土台の上に建てられていることを知っている。最も素晴らしい黙想も様々な徳も信仰のうちに進歩するのである。
信仰はわたしたちキリスト信者にとって、キリスト教生活の基礎であり出発点であり、絶えず養成し強化しなければならない基盤となるものである。わたしたちもこれらのことを心にとめて日々キリストの教えに従い生活して行こう。
注1『カトリック教会のカテキズム要約』p321、ラテン語原文の訳、カトリック中央協議会、2010年2月
2026年1月号
「年初の祈願」
教皇フランシスコは『希望は欺かない』という大勅書を出され、2025年の聖年が宣言された。2024年12月24日『主の降誕』の前に聖ペトロ大聖堂の「聖なる扉」が前教皇フランシスコによって開かれて始まり、2026年1月6日『主の公現』に教皇レオ14世によって閉じられて終わる。
『主の公現』の祭日では神の栄光がキリストにおいて外に輝き出て、すべての人に明らかにされたということを祝う。また同時にまだそれを知らない多くの人々にわたしたちが伝えていかなければならないということを意味する。
主の公現のわき役として「占星術の学者たち」がイエスを拝みに来る。彼らは星の導きによってユダヤの地に生まれたイエスを礼拝しに来た。ユダヤ人ではない諸国の民の代表として、星というしるしを通してイエスのところに導かれたのだ。この学者たちが幼子を訪れたことはイエスによってもたらされた救いが民族の壁を越えてすべての人にもたらされるということを示している。イエスの誕生はすべての人の救いに関わるのである。
今年一年がみなさんにとって恵み豊かな年でありますように。聖年の締めくくりとして、教皇フランシスコが復活の主日に示された言葉を記す。
「わたしたちは常にキリストを探さなければなりません。なぜなら、キリストが死者の中から復活されたのなら、キリストはどこにでもおられるからです。わたしたちのただ中に住んでおられるからです。今日もキリストは、わたしたちが道で出会うあらゆる姉妹兄弟にご自分を隠し、また現されます。わたしたちの生活のごく普通の、予測できない状況の中で。キリストは生きて、常にわたしたちのところにとどまっておられます。苦しむ人に涙を流させ、わたしたち一人ひとりが行う小さな愛の行いのうちに人生のすばらしさを増し加えながら。」(2025年4月20日、教皇フランシスコ、復活の主日・日中のミサ説教(生前最後の説教))
2025年12月号
「待降節の節目 12月17日」
レイモンド・E・ブラウンという聖書神学者の著作『キリストは近づいている』 [i]の中でマタイ1章の解説をしており、12月17日の福音の解説がありますので紹介します。
【 イエスの系図 】
主の降誕を準備する八日間の福音朗読の初めに当たる12月17日の福音は日曜日と重ならなければ必ずイエス・キリストの系図と呼ばれる個所が読まれます。
ブラウンは次のように問いかけています。「キリスト者が、今だれかキリスト教について何も知らない人に、イエス・キリストについて根本的な物語を語るように頼まれたとしたら、どこから始めるだろうか。わたしは喜んで賭けてもいいが、一万人に一人も、教会が第一におく福音書の著者が荘厳な証言をもって始めたところから、つまり新約聖書の最初のページの最初の行から、話し始めることはしないだろう。」
しかし、「この系図には旧約聖書と新約聖書の本質的な神学、すべての教会つまりギリシャ正教会もローマ・カトリック教会も、そしてプロテスタント教会も告げ知らせるべき本質的な神学がそこには含まれている、と」ブラウンは述べます。キリスト者はそれぞれの人物をよく知ったうえで、なぜイエス・キリストがこの世に来られたのかを考えてみましょう。今回は特に5人女性について見てみます。
【 5人の女性 】
マタイは「イエス・キリストの系図」に五人の女性を入れています。マタイは最初から最後まで「AはBの父であった」というパターンを守っていて一見男性中心主義であるかのように見えるが、マタイの考えではどの誕生にも神が行動的に関与しているというのが前提としてあります。そして男性だけではなく女性もイエスの起源の要素であるということを思い起こさせようとしています。
当時の世界で系図に女性を登場させるのは考えられませんが、それをマタイは打ち破ったのです。現代に生きるわたしたちにとってたいしたことではないように見えますが、とても大胆で驚くべきことだったのです。
この系図に言及された女性たちが選ばれている基準を考えると驚かされます。聖なる族長の妻たちであるサラやリベカ、ラケルは入っていない。サラはアブラハムの妻、リベカはイサクの妻、ラケルはヤコブの妻です。すべて正妻です。
その代わりにまずタマルの名が挙げられています。タマルはカナン人でイスラエルにとってはよそ者であり、ユダの息子に嫁いだけれども二人の息子は相次いでなくなり子供がありませんでした。三人目の息子はまだ幼かったので、実家に帰しましたがユダがその三人目の息子をタマルの夫にするという義務を果たさないと知ると娼婦に変装し、ユダを欺きました。タマルが妊娠しているのを知ったユダは不品行な女だと怒ったときに、ようやくタマルはその子の父がユダであることを明かしました。こうしてタマルは自分がユダよりもずっと正しく神の掟に忠実であったと認めさせました。(創世記38・1-26参照)
タマルの子ペレツとゼラは双子です。ペレツが系図に残っていきます。ペレツは「出し抜き」という意味で、ゼラは真っ赤という意味です。出てきた手に助産婦が赤い糸を結んだがすぐに引っ込めてしまい、もう一人の方が先に出てきたので助産婦は「なんとまあ、この子は人を出し抜いたりして」と言ったからです。俺が俺がという子が系図に残るのです。実に不思議です。(創世記38・27-30参照)
次の女性はラハブです。ラハブもカナン人ですからよそ者です。ラハブは聖書では遊女となっています。エリコの街を探りに来たイスラエル人を親切に保護し、町を征服するのを助けました。イエスの宣教活動の中で、罪びとや売春婦たちと寛大に交わったことを思い起こさないと、このような人物がイエスの系図に含まれていることが不思議に思われるかもしれません。ラハブの子ボアズはルツの夫となる人です。(ヨシュア記2章、6章参照)
ルツもタマルやラハブと同様によそ者でした。外国人でモアブの出身でした。それなのに死んだ夫のために子孫をもうける、という律法に忠実に尽くしたのはイスラエル人の親戚ではなく、ボアズの足元に身を投げ出したルツの方でした。生まれた子供はダビデ王の祖父になる運命に定められていました。(ルツ記参照)
この系図の中にみられる旧約聖書の女性の中で最後に登場するのは、敬虔で忠実な夫ウリヤの妻とだけマタイは記しています。サムエル記によれば、ウリヤはヘト人でダビデに謀られて殺されています。ウリヤの妻の名はバト・シェバといい、ダビデの欲望の毒牙にかかりました。ダビデはナタンに叱責されてはじめて自分の罪に気づきましたが、情事の末に生まれた子供は主に打たれて死にました。悲しむバト・シェバを慰めて次に生まれたのがソロモンです。そしてダビデの王位の後継者とすることに成功しました。(サムエル記下11章、12章参照)
タマル、ルツ、ウリヤの妻はいずれも人間的なスキャンダルや嘲笑を含んだ結婚物語に登場します。ラハブは遊女でした。しかし神の霊がメシアに至る血統を継続するために積極的に選んだ人々でもあるのです。そして彼女たちを通してイエスの母マリアへと続くことはとても意味があることです。彼女たちはイスラエルの人ではなく先住民だったり外国人だったりするからです。その中にすべての人の救いのために神が働かれているのだということをあらためて確認することができます。
マリアの結婚も特別なもので、いいなずけの夫と関係がなかったときにすでに妊娠していました。ヨセフはマリアと婚約はしていたが結婚する前に縁を切ろうとします。それは正しい決断であり、清い心での決心でしたが、この系図の最後に登場する女性がヨセフよりもいっそう聖なる者であると神から示されます。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイ1・20-21)イエス・キリストをその胎に宿したマリアは聖霊が特別に選んだ人物であるからです。
【 まとめ 】
神がイエス・キリストを通して働かれることはアブラハムとダビデ、族長たち、王たち、そして無名の人々を通して働かれることと首尾一貫しているのです。それがイエス・キリストの起源を形づくっていると同時に続きもあるということも意味します。系図で示されているように、神がさまざまな人を用いて救いの道を作ってきたなら、これからもまたそうであろうということです。イエスの系図が、マタイの語りかける人々とともにわたしたちにとっても「よい知らせ」となるような将来へと続く側面もあるということです。イエスの起源が聖人と同じくらい罪びとを含んでいるなら、その続きにおいても同じでしょう。聖人ばかりではなかったということは聖書にも書いてある通りで、また教会の歴史を見ても理解できることと思います。ですから「わたしは罪びとだからできません」というのではなく、救いの歴史の中にすでに取り入れられている者として生きていかなければならないのです。
イエス・キリストの物語をこの世界の中で続けるために、自分は重要でもなく意味のある貢献も全くしていないと感じているなら、それはイエスの系図を裏切ることになります。待降節の典礼でこの系図を朗読するのはわたしたちの重要な永遠の命への希望をわたしたちに与えるためなのです。自分が罪にまみれ、弱さに囲まれた者であっても、この福音の担い手として貢献することができるのだという勇気を呼び起こすための系図の朗読なのです。
このように1年に一度これらの名前が聖堂で読まれる必要性があるのです。「アブラハムはイサクをもうけ、……エッサイはダビデ王をもうけた。……このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。」この続きが「イエスはペトロとパウロを召し出し……パウロはテモテを召し出した。……そして誰かがあなたを召し出した。……だからあなたも誰かほかの人を信仰に招かねばならない」という呼びかけの物語になっているとブラウンは書いています。系図というものは名前の羅列でおもしろいものではありませんが、待降節の節目に当たる12月17日に読まれるのには、どんな意味があるのかということが分かれば、わたしたちも出かけて行って誰かに福音を伝えに行こうという勇気が湧いて来るのではないでしょうか。
[i] レイモンド・E・ブラウン『キリストは近づいている 待降節の福音(マタイ1章・ルカ1章)』、訳者:佐久間勤、女子パウロ会1996年発行
2025年11月号
「諸聖人と死者、そしてわたしたちと」
11月1日は諸聖人の祭日の典礼である。諸聖人の典礼とは、すべての聖人と殉教者を記念するものである。彼らは天国にいて、地上にいるわたしたちのために神に執り成してくださっている。信仰宣言で「聖徒の交わり」という言葉が出てくるが、この世の旅路を終えて天国に入った聖人たちが天の教会で神に賛美をささげている。その信仰を宣言するわたしたち地上の教会もその交わりに声を合わせて賛美をささげる特別な日となる。
11月2日は死者の日の典礼である。今年は主日に祝われることになる。死者の日には、身近な方、教会の方、すべての亡くなった方々の罪が清められ償いを果たしたのちに、できるだけ早く天の国に入ることができるようにと、ミサの中でわたしたちが祈るものである。
この二日間の祈りによって、旅する教会の信者(この世)と天上の教会の聖者(天国)と苦悩の教会の霊魂(煉獄)が「聖徒の交わり」を深めていくのである[1]。
11月1日は諸聖人を記念し、11月2日は亡くなったわたしたちの兄弟姉妹のために祈り、また全ての死者のために祈り、ともに神に賛美をささげよう。
[1] 第二バチカン公会議公文書『教会憲章』50参照。
2025年9月号
「 日本の巡礼者 その2」
教会の典礼暦で は9月に入ると残 り 12 回の年間の 主日の典礼があり、 C 年が終わる。11 月 30 日からは次 の典礼暦A年の待 降節が始まる。教 会のこよみは通常の一年よりも早く典礼暦年 が始まるのでより一年が早く感じられるもの である。
9 月の週日には毎週のように聖人の祝日が続 くが、その中で日本の殉教者の記念として二つ 入っているのが目に留まる。9月10日の「福者 セバスチャン木村司祭と204殉教者」、9月28 日の「聖トマス西司祭と15殉教者」である。 9月10日は日本典礼暦の記念日であるが2025 年から呼び方が変わり、「日本205福者殉教者」 から「福者セバスチャン木村司祭と204殉教者」 となった。当時ローマで叙階される日本人司祭 が多かったが、セバスチャン木村司祭は日本初 の司祭として長崎で叙階された方である。セバ スチャン木村司祭と204名の殉教者は、1867年 7 月7日に教皇ピオ9世によって列福された。 彼らの主な殉教地は長崎であり、一部は江戸や 仙台で処刑された。セバスチャン木村は1622年9 月10日に長崎で処刑された52名の最大のグ ループに含まれている。
福者セバスチャン木村司祭は、ミサで信徒と ともに祈り、慈愛に満ちた表情で病者の塗油を 施し、聖書を携え信仰の真髄を熱く説き、希望 にあふれた信徒たちは熱心に彼の言葉に耳を 傾けていた。彼は捕縛されたが、殉教の火刑で 信仰のために命をささげる最後まで信徒たちを 励まし続けた。セバスチャン木村は信仰を貫き 通した204人の殉教者たちとともに、天上で賛 美の祈りをささげている。 わたしたちも先人たちの信仰を励みとし、 日々祈りをささげよう。
2025年8月号
「 平和を望む希望の巡礼者」
日本では8月13日から16日までが一般に 「お盆」と言われている。日本古来の祖霊信仰 がもとになっており、仏教と融合して現在に至 る日本の文化的な行事となっている。どの宗教 を信仰していても日本ではこの時期にそれにな らった形で祖先を思い起こすことも多いだろ う。
カトリック教会では8月15日が聖母マリアの 被昇天の祭日となっており、聖母マリアが地上 の生を終えて天に上げられたことを祝うことか ら、死者を思い起こすことに通じているものが あると感じる。
特に8月6日の 広島原爆の日から 8 月9日の長崎原 爆の日、そして 8 月 15 日の終戦の 日までを「日本カ トリック平和旬 間」と定めて、多く の犠牲者を追悼し ◆聖母被昇天ミサと洗礼式◆ 平和を祈る期間と している。
今年は戦後80 年にあたると同時 に、カトリック教 会では 25 年ごと の「聖年」を祝っ ている。聖年とは、 神の前にすべての人が尊い存在であることを再 確認し、欠けてしまった状態から、本来の状態 に戻す平和を実現するための年である。(レビ 記 25 章参照)前教皇フランシスコは今年の聖 年のテーマを「希望の巡礼者」とし「聖年がす べての人にとって、希望をとりもどす機会とな りますように」と招いている。平和を望むすべ ての人々が、希望をたずさえて、平和を紡ぐ旅 を続けていくことができるよう願いたい。
この世を旅するわたしたちが、御子の過越の 神秘の光によって、唯一の希望であるあなたへ と導かれますように。
2025年7月号
「日本の殉教者」
信仰のために命を失うことを「殉教」と言う。 日本ではもちろんカトリック教会だけが殉教 者を持っているわけではないが、圧倒的に他の 宗教に比べて迫害されたのは間違いのない事 実である。1549年に聖フランシスコ・ザビエル が鹿児島に渡来して始められた宣教が当初は受 け入れられ、1614年には聖職者150名、信徒数 65 万人(1)を超えていた。しかしその間1587年に は豊臣秀吉によって禁教令が敷かれ迫害が激化 し、1597年には長崎で26名が殉教(2)をとげたの をきっかけに多くの信徒が追放や死刑等の極 刑に遭った。
日本の殉教者の記念は、2月3日の「福者ユス ト高山右近殉教者」、2月5日の「日本26聖人 殉教者」(3)、7月1日の「福者ペトロ岐部司祭と 187 殉教者」、9月10日の「福者セバスチャン 木村司祭と204殉教者」、9月28日の「聖トマ ス西司祭と 15 殉教者」の 5 つがある。
わたしが心に残っているの は、7月1日がその記念日となっている「福者 ペトロ岐部司祭 と 187 殉教者」(4 )である。わたしが 神学校に初めて 行ったのは 2009 年の入学審査の ときであった。試 験会場となった講義室の後ろに「祝・ペトロ岐 部司祭と187殉教者・列福!」と横断幕が貼ら れていたのが記憶に残っている。
それからペトロ岐部司祭について学ぶように なった。司祭殉教者の最大の特徴は苦しむ羊を 探し求めて歩く牧者の姿である。また徹底して キリストの生き方をすることを選んでいる。そ れを支えたのは自分で、ことをなすのではなく、 ことを成就させてくださるのは神であるとい う信念である。そして教会に仕える司祭こそ 日々祈る習慣をしっかりと身につけることが 必要であるということである。イエスも活動す る前には必ず祈りから始めている。神学校で学 んでいたときにいつも祈りから始めていたこ とを思い起こし、初心に帰りたいと思う。
(1) 2023 年12月現在、日本の信者数は41万8千人
(2) 日本26聖人殉教者、1862年列聖
(3) ローマ典礼暦では「聖パウロ三木と同志殉教者」
(4) 2008 年列福
2025年6月号
「イエスのみ心の月」
カトリック教会は伝統的に6月を「イエスのみ心の月」としてイエスのみ心に 対する信心を勧めてきた。このみ心の祭日に神としての愛の象徴、また人 間としての愛の象徴である主キリストの心臓をわたしたちは崇拝する。レオ 十三世教皇は次のように言っている。「主の御からだの生きたご心臓は、 愛と苦痛に満ちあふれて神のみことばの位格と本質的に合体している。だ からイエスのご心臓を尊敬すれば、それは同時に主の位格にもあたる。」 地上でわたしたちと苦楽を共にされ、人びとの罪の償いのために受難し十 字架上でローマ兵に刺し貫かれた心臓こそ、わたしたちに向かって絶えず 燃え立つ愛のシンボルなのである。
実際の信心としては、聖マルガリタ・マリア・アラコックおとめに対してイエ スが啓示なさったことにある。それはみ心の祝日を設けること、償いとして 毎月初金曜日に聖体を拝領し、木曜日の晩にゲッセマニのご受難を黙想 すること(聖時間)が示され、この信心を続ける者には豊かなお恵みを与え ると約束された。
全世界の教会の祝日と定められたのは1856年で、1889年には第一級の 祝日(祭日)と定められた。今年の6月の典礼は毎週日曜日に祭日が並ぶ。 主の昇天に始まり、聖霊降臨の主日、三位一体の主日、キリストの聖体、 聖ペトロ聖パウロ使徒、平日にも洗礼者聖ヨハネの誕生とイエスのみ心と 大きな祭日が続く。新たに誕生したわたしたちの教皇レオ十四世の喜びを ともにしながら、6月の豊かな典礼を味わおう。
2025年5月号
「光の道行の祈り」
『キリストの神秘を祝う』という本の中で「四旬節・復活節に行う信心」という項目があった。その 中から前回2回にわたって「行列」という信心についてお話をした。復活節の信心としては、生命 の象徴である卵の祝福をし、皆が持ち帰るという信心くらいしかわたしは知らなかった。しかし本 の中に「光の道行」というものを典礼秘跡省が発表した『民間信心と典礼』という文書で紹介して いるというのだ。それは、十字架の道行の対をなすものとして、十字架から光へ向かう動きとして 素晴らしい信仰教育だと書かれている。神の計画のうちにあるわたしたちが、人生の苦しみの体 験から、奉仕的な過越の価値である解放、喜び、平和に至る希望を持つことを目的としていると いうのだ。
ではどのような祈りなのだろう。手持ちの書籍や祈りの本には一切書かれていない。ネットで調 べてみると、ある司祭のホームページにその祈りが載っていた。それは神言会司祭のノヴァク神 父のホームページであった。十字架の道行と同様に14の留があり、「復活された主の足跡をたど る」とタイトルにある。通して見るととても良い祈りであると感じた。みなさんも祈りの幅を広げてみて はいかがか。以下に第四留だけ紹介する。
第四留 復活されたイエスは、エマオへの道で弟子たちに現れる
先唱者 : キリストよ、あなたは尊い十字架と復活によって世界を救ってくださいました。
一同 : 私たちは、あなたに賛美と感謝をささげます。
聖書朗読 「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから60スタディオン離れたエマオという村 へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ 合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の 目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。」(沈黙)
先唱者 : 人間は、真理を知り、それに従うためではなく、ただ自分の興味を満たすためや、他の 利益のためにだけいろいろな情報を集めたり、いろいろな話に耳を傾けたりするならば、 「イエスが復活して、生きておられる」という知らせを聞いて、それが興味深いことである と思っても、何も理解ができず、自分の心の状態も、自分の生き方も何も変わらない恐 れがあるのです。
先唱者 : 主イエス・キリスト、私たちがあなたと共に父のもとへ歩むことができますように、
一同 : 私たちの心の目と心の耳を開いてください。
先唱者 : 主の過ぎ越しをたたえよう、
一同 : 死を身に受けた命の主は、今や生きて治められます。
先唱者 : 勝利の王、キリストよ、 一同:私たちにいつくしみを注いでください。
参照:https://lumen-christi.com/hikarinomichi/ 日本カトリック典礼委員会編、『キリストの神秘を祝う――典礼暦年の霊性と信心』、 p.98、2015年、カトリック中央協議会
2025年4月号
「行列 その二」
先月の巻頭言で、四旬節の典礼と関係する信心業として「行列」と「断食」について 触れた。今回はまだ説明していない残りの「行列」の意義について見てみよう。残りは ②枝の行列(受難の主日)③聖体安置のための行列(主の晩餐の夕べのミサ後)④十 字架礼拝のための行列(聖金曜日)⑤光の行列(復活徹夜祭)がある。 枝の行列では、柔和なロバに乗ったイエスのエルサレム入城をあらわす。枝を持って 集まった会衆を言葉と水によって祝福し、会衆と司祭はともに歩んで行く。枝はメシア である王イエス・キリストとその過越の勝利への信仰のあかしとして各自が家に持ち帰り、 次の年の灰の水曜日のために保存される。
聖体安置のための行列では、安置所までの行列と安置した後の聖体訪問がある。こ れは聖体拝領につながって行くものである。わたしたちに食べられるために待っておら れるキリストを意識することが大切である。ご聖体の前での祈りは、ミサでの「神の小羊 の食卓に招かれた人は幸い」という司祭の呼びかけに信者が答えようとしている場面を 思いながら祈るのがよい。
十字架礼拝のための行列は聖金曜日の中心となっている。7世紀ごろから始まって おり、教皇が十字架の遺物を運んで顕示し、信者がこれを崇敬するという式に由来し ている。キリストの受難に一致することや日々自分の十字架を担ってキリストに従うこと を思い起こす行列である。また、十字架の道行きという信心業はその先取りとして四旬 節中の毎週金曜日に行われるものである。
光の行列は復活徹夜祭で行われ、墓の暗闇から復活の栄光に至る主の過越を思い 起こす行列である。十字架の道行きの締めくくりとして十字架から光へ向かう動きであ る。この行列はそれぞれの人生の中の苦しみから解放、喜び、平和へと到達する希望 を表している。
ご復活の日まで行列の意味をかみしめながら祈ってみてはいかがだろうか。
2025年 3月号
「行列と断食その一」
3月5日から四旬節が始まる。四旬節に行う信心業として十字架の道行きがよく知ら れている。これとは別に典礼と関係する信心業として行列と断食について触れてみ たい。
四旬節はほかの時にもまして体による復活信仰を表現し深める季節である。信仰 は無意識であろうと意識していようと体全体に浸透して初めてその力を発揮するもの である。意識しなくても体が覚えていると感じることもあろう。その中で四旬節の典礼 に特徴的なものの一つとして「行列」がある。通常のミサでは入堂、奉納、拝領の行 列だけであるが、四旬節には①灰を受けるための行列(灰の水曜日)②枝の行列 (受難の主日)③聖体安置のための行列(主の晩餐の夕べのミサ後)④十字架礼拝 のための行列(聖金曜日)がある。復活徹夜祭も含めると⑤光の行列がある。
灰の式は、わたしたちがはかない存在であり、死が避けられない者であり、神のあ がないを必要とする者であることを、体をもって体験する機会となる。この式の意義は 回心と新しい復活の約束に向かう心構えをもつことにある。灰をかける時の司祭の言 葉として「回心して福音を信じなさい」や「あなたはちりであり、ちりに帰って行くので す」を聞くことも心を新たにする機会となる。
「断食」は特に四旬節の特徴となっている。小斎は毎週金曜日であるが、大斎は四 旬節期間中の灰の水曜日と聖金曜日だけだからである。わたしたちの飢えや渇きを いやす方はキリストであるという信仰がそこにある。また断食は、隣人愛を含めた愛 の実践へと方向づけられているので、祈りとともになされることが必要である。「施し・ 祈り・断食」がキリスト者の生き方とされているからである。なお、小斎は満14歳以上 の人が肉類を食べないこと、大斎は満60歳未満の成人が一日に一回だけ十分な食 事をし、そのほかに朝ともう一回わずかな食事をとることができるという掟である。
2025年 2月号
「典礼音楽とは 」
教会ではミサで典礼聖歌を歌ったり、オルガンで演奏したりしている。教会音楽や典 礼音楽と言われるものについてどの程度わたしたちは理解しているだろうか。ほかの 教会のことで恐縮だが山鼻教会で4月から信徒の皆さんに向けて典礼音楽について の勉強会を始めようと思っている。そのために神学校で学んだことを今復習して学び なおしているところであり、その一部を紹介したい。
そもそも「典礼」とは、「教会(神の民)が主キリストの名によって行う公式の礼拝(集 会)で、必ず、『聖書』が朗読される」ものという定義になる。すなわち、典礼とはミサ、 集会祭儀、教会の祈りなどのことを言う。どこの教会に行っても同じ祈りがささげられ ている『公式の礼拝』が典礼なのである。このような教会の公式の礼拝集会で用いる 音楽を典礼音楽と言う。 ここで典礼音楽と呼ばれているものは次のものである。グレゴリオ聖歌、各種の聖な る新旧合唱曲、オルガンやその他の許可されている楽器のための教会音楽、典礼的 および宗教的な一般讃美歌(カトリック聖歌集など)である。ところが、たとえ歌詞や題 名が聖書などに基づいたものであっても、礼拝のために作られたものでなければ、典 礼音楽とは言いがたい。たとえば、へンデルの「メサイア」は典礼音楽とは言えないし、 メンデルスゾーンやワーグナーの結婚行進曲も典礼音楽とは言えない。
典礼音楽は、典礼祭儀に従うものである。典礼に参加する会衆の心を一つにして、 神に祈るためのものである。会衆の行動参加を阻害するものはふさわしいとはいえな い。本来歌うべきものや歌うように作られたものは、重大な支障がない限り、歌うことが 望ましい。何よりも祈りである典礼音楽は、信仰のあり方を定めるものなのである。
典礼音楽によって祈りをささげることがミサ、集会祭儀などにとって最もふさわしいも のであることを心に留めて、これからも大いに歌おう。
2025年 1月号
「希望 」
教皇フランシスコから『希望は欺かない』という大勅書が出され、2025年の通常聖 年が宣言されました。札幌教区では7つの教会を巡礼地として指定され、2024年12 月29日(日)のミサ後に始まり、2025年12月28日(日)のミサ後に終わります。この期間、希望の巡礼者である信者は、聖なる巡礼を行うことにより、教皇から聖年の免償 を受けることができます。一年の始まりに当たって、皆さんが聖年をふさわしい心で 過ごすことができるよう願っています。
ところで、わたしたちの希望とは何なのでしょうか。それは、最終的に永遠のいのちにあずかることでしょう。そのために常に意識すべきことは、誰もが訪れる死の瞬間に、 神とキリストとの出会いの際の永遠の運命の決断をどうするのかということでしょう。死 をもって地上の時間は過ぎ去り、永遠の運命が永遠に変わることなく定められます。
永遠の運命の決断とは、神を肯定するか否定するか、キリストを受け入れるか拒むか という決断で、これは信仰における決断となります。それは各自の自由意志による決断に任されているので、生きている間に永遠の運命の決断の準備をしておくことが 必要なのです。
この準備とは、死においてわたしたちを御自分のいのちへと立ち上 がらせてくださる神を信じて、神に感謝し、絶えず神を賛美することです。と同時に、 弱い人、貧しい人、苦しんでいる人に対して自らができる助けを与えることでもありま す。
つまり、神と隣人に対して自分をささげきることが、その準備となるのです。 教皇フランシスコは大勅書の中で希望とは何なのかを次のように説明しています。
「希望は、信仰者の生き方の方向と目的を示す、いわば指南役です。わたしたちは 自分を救ってくれた希望のおかげで、自分の人生が行き止まりや暗闇に向かってい るのではなく、栄光の主にお会いすることに向かって進んでいるという確信を得てい ます。主の再臨を待ち望みつつ、主において永遠に生きるという希望のうちに、日々 を送りましょう。この精神をもって聖書を締めくくることばである最初のキリスト者たち の感動的な祈りをわたしたちのものといたしましょう。『主イエスよ、来てください』(黙 示録22・20)。」 教皇フランシスコ大勅書『希望は欺かない』(2024年5月9日)、18-19参照。